木下是雄『レポートの組み立て方』(東京:ちくま書房、1994)
著者の木下はもともとは物理学者で、1981年に『理科系の作文技術』というヒット作を書き、それから10年近くたった1990年に、本書『レポートの組み立て方』が上梓された。並べて較べてみたわけではないが、前の著作では理科系という限定をともなっていたのに対し、この著作では文系理系という制限を取り払ったより野心的な形で書いているのは、新たな「文章読本」の成功した著者としての矜持なのだろうか。前著と同じく、この書物の基本概念は、英語の論理的な文章作法を日本語に移行することにある。パラグラフを中心にして、建築構造のように作られる英語の文章構成を、どのようにして規律を持った自然な日本語にするかということである。これは、私自身も長いこと苦労している問題である。木下は、おそらくこの問題についての無二のガイドだと思う。
そのように非常に優れた本だけれども、敢えて異を唱えたい特徴がある。著者は、大切なことを忘れているか、誤解している。英語の学術系の書き物のガイドとして標準的な Joseph M. Williamsの Style の副題は、Toward clarity and grace である。 目標とするべきものはclarity と grace の二つがあるのである。このうち、clarity については、木下は十分すぎるほど論じている。一方で、grace については、おそらく考慮しないで書かれている。きっと、grace という言葉を、作文風の「修辞」と勘違いしたのかもしれないし、別の理由かもしれない。実際、木下が繰り返し表面している「作文」風の文章構成に対する敵意は完全に正当なものであり、私自身も同意する。しかし、その作文風の文章読本を拒否するついでに、かりに論理的な論文の文章には「品位」「美しさ」と呼べる何かがあってしかるべきだろうということを忘れている。「品位」「美しさ」とは何かというのは、確かに議論するのが難しく、「論理性」「明晰さ」に較べて、万人が合意する基準を作るのは難しい。しかし、文章に品位と美しさを求めることは、作文風・文学風の文章作法だと勘違いしてはいけない。
というわけで、私はこの本と、三島由紀夫『文章読本』を並べてレファレンス棚においてある(笑)