村松常雄「東京市内浮浪者及び乞食の精神医学的調査」『精神神経学雑誌』46(1942), 69-92.
これは内村の系列の精神病者一斉調査とはまったく違う哲学に基づいて行われた調査である。思想としては、大正期の呉秀三のものであるように思う。この程度の調査が実施されるのに、なんと昭和16年までかかったということに、日本の精神医学の脆弱さと呼べるものがあると私は思う。ポイントは、浮浪者・乞食を400人ほど調べて、その半分くらいが精神薄弱・精神病にかかっているということを発見したということである。
S14年12月14日より東京市内浮浪者及び乞食の一斉調査を行い、養育院においてこれを詳しく調査する機会を得た。合計で、419名(男364名、女55名)の浮浪者・乞食を得た。(浮浪者と乞食の区別や内訳などは面白いのだけれども、省略する。)このうち、精神薄弱その疑いが、合計120名、精神疾患およびその疑いが76名で多い。後者では、精神分裂病が47名で多かった。浮浪者の半分程度が精神障害を持っていたというのが村松らの見立てである。一方で、身体的な所見としては、視力障害が多く、内訳は全盲が13名、中等度以上が11名、脳性まひが20人であり、精神的な所見のほうが圧倒的に多い。特に、精神薄弱が多いのは、我が国にこれを収容する施設がないことと深い関係があるという。
出家乞食や武者修行などを除くと、真に生活の恒常的落伍者としての浮浪者及び乞食はその社会的生活力の欠損ないし喪失の主原因を社会的条件よりはむしろ心身いずれかにおける疾病ないし異常、すなわち医学的条件に見出し得るものの多きことが、本調査によっても明瞭である。ことに、精神病による痴呆者あるいは白痴者、重症痴愚患者のごときは家族的庇護または社会的保護を失えばただちに浮浪、乞食にその声明を保持するほかに途なきものであって、少なくともかくのごとく場合には社会的原因の副たるべきは極めて明瞭である。したがって、これらの精神病者、精神欠陥者に対する社会施設の貧弱なる我が国において浮浪、乞食の数がこの程度にとどまっていることは多くの家族がこれらの保護にいかに努力しているかを示すものとも解せられる。 88