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Channel: 身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌
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杏仁水

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風邪で病院にいっていただいたお薬で、咳止めのシロップ状のものがあった。OTCでも処方薬でも咳止めといえばトローチだと思っていたので、液体状の咳止めというのがレトロな感じで、医学史家としてはなんとなく嬉しかった。頂いた明細書を見ると、その液体は、主に「杏仁水」とのこと。私が持っている昭和21年刊の『最新医薬品類聚』を調べたら、ちょっと面白い歴史があった。

もとも杏仁というのは漢方でも薬であり、咳嗽を治し肺熱を除く。中国原産で、アンズの種子を乾燥したものである。アンズは中国では庭園にあまねく植栽される落葉灌木。日本では長野県が主産地で、アンズの果実よりほしあんず、ジャム、缶詰などを製造し、杏仁はその副産物である。

杏仁水は、1891(明治24)年に日本薬局方第二版に収録された。1906(明治39)年の第三版には、「バクチ水」と「苦扁桃水」も収録された。前者は、日本の南西に自生する「バクチノキ」の葉から作る咳止め作用をもつ薬であり、後者は、苦いアーモンドということらしい。食用のアーモンドは「スイートアーモンド」であり、ビターアーモンドには青酸化合物が多く含まれるので摂取し過ぎると有毒であるが、薬にすると咳止め効果があるという。しかし、この苦扁桃水は、日本では非常に高価であり、製造の必要はなく、外国の薬局方に記載されているという理由だけで新たに記載したものだという。その思想を反映したのだろうか、1920(大正9)年の第四版では、苦扁桃水を削除し、他の国産品を保存することになった。

1930(昭和5)年の改正では、「バクチ水」という項目を廃して、「杏仁水」の中にバクチの葉から作ったバクチ水も入れることにした。1939(昭和14)年には、シナ事変の影響による改正があり、そこでは杏仁水の中に、枇杷仁も原料に加えることとし、また、ドイツの薬局方にならって化学的な製法も記して、原料の欠乏に備えるにいたった。

これだけの記述だけれども、杏仁水の原料の確保というのは重大な仕事であったことが分かる。ここからは想像だけで書くけれども、たぶん、これは、結核の治療でルーティンとして使われる咳止めだったのだろう。その原料を輸入に頼っており、戦争になると原料の確保が問題になった。おそらく、中国原産のアンズの輸入が絶えたので、アンズを原料として作る杏仁水では需要にこたえられなくなったのだろう。「杏仁水」の中に、まずバクチノキの葉を加え、次にビワの種子も加えて、さらには化学的な製法も加えて、杏仁水の需要にこたえようとしたのではないだろうか。

そんな知識を仕入れて服用した杏仁水は、シロップとはほど遠い、苦い味がした。(これは「苦みチンキ」が入っているせいかもしれない。)ねっとりと甘いシロップもレトロだけれども、この味もレトロだった。

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