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Channel: 身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌
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外須美夫『痛みの声を聴け』

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外須美夫『痛みの声を聴け―文化や文学の中の痛みを通して考える』(東京:克誠堂出版、2005)
著者の外先生(「ほか」と読み、鹿児島ではそれほど珍しくない名前とのこと)は、現在は九州大学の麻酔科の教授である。著者とは、ある闘病記関連のシンポジアムでご一緒してお話を聞き、その瞬間に、先生のご著書は買って手元に置かなければならないを確信したほどの書き手である。やっと時間ができたので、この書物を読んで、やはりいい本だったと思う。

書物自体の成り立ちに、この書物の魅力の秘密がある。この書物は、著者が学生の頃から、優れた言葉に触れたときに、それを書き写して思いをめぐらしてきたことの蓄積に基づいている。備忘録とか commonplace book と呼ばれている習慣の生き残りであろう。当初は、大江健三郎やサルトルなどの言葉を切り取っていた。ゲーテやリルケの詩集からラブレターに役立たせようという魂胆で書き写したが、結局成功しなかったという。医者になってからは、痛みをめぐる表現者のノートが増えてきた。ノートに書き写し、色々と思いをめぐらし、考えを深めてきたのだろう。このノートをもとにつくられた50程度の短い章が、本書をかたちづくっている。主題は、 commonplace book の伝統そのままに、きわめて多様である。フリーダ・カーロの絵画を論じたかと思うと、大江健三郎から学んだル・クレジオを語り、トルストイの『イヴァン・イリッチ』を論じ、生物学者の柳沢桂子に触れる・・・というようになっている。短い随想をまとめた形式になっているといってもよい。

ポイントは、この書物は、まさしく「余暇」に営まれた思考を記したものであるということ、医学人文学の一つの形を鮮明に示しているということである。医者の優れた趣味として、医療をめぐる思索を継続していくことである。医者が、このような余暇を持っているということは、社会にとって望ましいことではないか、患者としてそのような医者にかかりたいのではないか、ということである。「医者の趣味」というのは、古いタイプの医学史に対して、人文社会系の若い研究者や大学院生から軽蔑的に投げかけられる言葉である。私自身がその軽蔑を共有しているかのような誤解のもと、この言葉をさんざん耳にさせていただいた。私は、医学史の学問的な水準を上げる努力をする一方で、医者や医療者が、医学の歴史なり医学と文学なりの「趣味」を持っていることは素晴らしいことだと思っている。

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