イザベラ・ロッセリーニは、『ブルー・ベルベット』と化粧品のランコムのコマーシャルで、私が20代だったときの憧れの女優だった。彼女が40歳になったときにランコムから契約を打ち切られたことが話題になったときに、ランコムの仕打ちに怒るというよりも、彼女が「40歳を過ぎた女性が美を定義してはいけないのかしら?」と問うたのが鮮明に印象に残った。彼女は、あのランコムの仕事は、美を定義することだと思っていたのか、と納得がいった。
ずっと彼女の話題を聞かなかったけれども、家に送られてくるミニシアターの映画の案内の中に、『最高の人生をあなたと』というタイトルのちらしがあって、そこに老いたロッセリーニの写真を見た時には、この映画は観なければならないと決心した。吉永小百合やイザベル・アジャーニのように、昔とあまり変わらないまま50歳や60歳を迎えた美人女優とは違い、ロッセリーニは、首筋には皺が目立ち、顔の周りには肉がだぶつくようについて、はっきりと老いが刻まれていた。映画の中の印象に残るシーンの一つに、ロッセリーニが鏡を見ながら顔の周りの肉をうしろに引っぱる場面がある。その時に、昔の美を定義していたロッセリーニの顔が現れた。そういう映画だからこそ、見なければならない作品だった。
実際の映画は、ロッセリーニと同じくらい、建築家の夫を演じたウィリアム・ハートがよかった。自分が独創的な仕事は30年前なのに、今でもそれができると思っていて、若者と一緒に仕事をして美術館の設計コンペに出したがる初老の男を演じている。奥さんのロッセリーニが、功績をたたえられて何かの金メダルをもらった亭主にむかって、「あなたが起こした革命は30年前なの。あなたの金メダルはあなたの墓標よ。」とののしるシーンがある。これは、初老の亭主に向かって決して言ってはいけない真実である。ロッセリーニに、「あなた、太って顔の周りに肉がたぷたぷするようになったね。美を定義していたころとは、だいぶ変わったね」と言わないことで世界が成り立っているのと同じである。建築家ではなくて、学者にもこれは言わない方がいい。彼や彼女が必死で書いて、できはともかく大いに誇りにしている書物が墓標に似ていることも、大いに関係ある。
脇の役者たちも、素晴らしかった。