柏木博『探偵小説の室内』(東京:白水社、2011)
気軽に読めるカルスタ系の文芸評論・推理小説論である。扱っている概念は「室内」という装置を通して、近代文明や自我などの大きな主題であるが、推理小説を同時代に関連付ける楽しさが前面に出ていて、読んで楽しい。真面目な学問的議論を期待している人はがっかりするかもしれないが(私も少しがっかりした)、そもそも、推理小説の作品の読み解きだけで近代文明や自我を正面から論じることができると思う方に責任がある。ポーや乱歩が書いた有名な作品が、まるで知らなかった作品と関連付けられて、予想していなかった絵姿が見えてくるのを楽しめばいい。ポーの『ウィリアム・ウィルソン』を論じた「自我消失の恐怖とドッペルゲンガー」は、フロイト、シャルコー、カリガリ博士と、乱歩『悪魔の紋章』『パノラマ島奇譚』を論じた「迷宮室内」は、中井久夫のポーの庭園もの論や、それに触発された中野美代子の内系図論などにつながっていく。