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Channel: 身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌
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「見世物」と19世紀両性具有研究のパラダイム

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Mak, Geertje, “Hermaphrodites on Show. The Case of Katharina / Karl Hohmann and its Use in Nineteenth-century Medical Science”, Social History of Medicine, vol.25, no.1, 2012: 65-83.
今年の5月に Doubting Sex という19世紀から20世紀の両性具有についての大きな著作を出版した著者が、書物の出版とタイアップするかのように専門誌に論文を投稿したもの。非常に優れた論考で、Doubting Sex をすぐに注文した。

概念装置が非常に洗練されている。両性具有を、見世物とフリークの世界に生きているものと医学的な研究の対象という二つの世界にまたがる存在として捉えている。どちらも、自分の身体の異常を人に「見せる」という行為である。この二つの「見せる」行為がどのように深く構造化されてつながっていたかを示した論文である。

Katharina / Karl Hohman というのは、19世紀後半にもっとも有名であった両性具有であった。本人談によれば射精をすることもできたし月経もあった。女性を妊娠させたことすらある。1860年代から70年代にかけての数年間で、ヨーロッパの著名な医者たちを回って彼らの検査のために自分を提供した。15か月で10の都市を回り、1870年代にはNYにもいった。ロキタンスキーやフィルヒョウなどのスーパースターたちもカタリーナを検査した。検査した理由の一つは、この時期に、ガレノス流の熱冷―乾湿の二つの対立項の特徴が連続的に変わる中で作るバランスに自己があるという考えから、解剖と臓器が人間の自己を定めるという見方が勝利していたからであり、カタリーナの卵巣や精巣を確認することが重要だったからである。しかし、死体であればともかく、生きている人物であるから、腺の分析のためには触診や内診で観ることは難しかったし、訓練が必要であった。そのため、カタリーナを診察することは、実際にみたり触れたりして確認することが難しい研究対象について、ヨーロッパの医学者たちと同じ対象を自分も確認することになった。これは、ある意味で実験室のようにその結果を共有し、観察者の主観性を排除しようという試みであった。そこでは、カタリーナの主観的な記述もほとんど顧みられず、医者たちはカタリーナの臓器に興味を集中させて、カタリーナ自身が語った性欲だとか自己像についての記述は無視された。性の心理的な部分は学問の対象から外され、腺の解剖学が性の中核であると考える研究と観察の体制が作られた。


このように一流の医学者たちに精密に検査されたカタリーナは、「〇〇教授による検査済み」「男性性器と女性性器の双方を持つ」というような証明書を発行してもらうことができた。このような証明書(何冊も持っていたという)は、カタリーナがフリーク・ショーで堂々と見せることができたものであった。

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