新井尚賢、柴田洋子、飯島泰彦、赤羽晃、戸田賢江、丸山俊男「秩父山村における一斉調査による精神医学的考察ならびに他農村との比較」『精神神経学雑誌』60(5), 1958: 475-486.
血族結婚、分裂病の寛解と社会生活の地域差などの問題について、素晴らしい洞察がちりばめられた史料を読んだ。
血族結婚、分裂病の寛解と社会生活の地域差などの問題について、素晴らしい洞察がちりばめられた史料を読んだ。
精神疾患一斉調査という方法は、1940年に制定された国民優生法の「科学的な基盤」を整えるために、同年に内村祐之のチームが八丈島・三宅島で、下田光造のチームが熊本県五家荘や長崎県の黒島などを調査したことにはじまる。この調査は昭和18年まで継続して、戦争のため一時中断したが、戦後に復活した。昭和29年の厚生省による全国100地域を選択しての<精神衛生実態調査>は、これを全国規模で行ったものである。昭和38年は、この実態調査の全盛期であり、全国200地域で行われた。しかし、患者と患者の家族のプライヴァシーを露骨に調査する方法への批判が高まり、昭和48年の調査、昭和58年の調査は激しい反対のため実施できなかった。ちなみに、この論文の著者たちが「そのような調査自体が一般の趨勢から遠ざかりつつあるようにも思われる」と書いているのが、将来ポイントになるかもしれない。
これは昭和31年11月から32年4月までに行った調査である。これまでの研究の中で、血族結婚との関係を考察したものが少ないので、古くから問題になっている血族結婚と精神病発現率との関連を問題にする。調査は、秩父保健所と連絡をとり、「なるべく孤立した村落」として、山岳に囲まれた「袋小路のような地形」である小鹿野町倉尾地区を選び、それと対照させるために、関東平野のほぼ中心に位置して交通の便も良い農村である埼玉県北葛飾郡庄和村の富多地区を選んだ。地図としては原論文に掲載されたものはこのようになる。両地区はどちらも400戸、人口2500人程度の農村だが、大きく異なった社会であり、倉尾はいまだに山腹の家でランプを常用しており、テレビはもちろんラジオすらもきく人がほとんどないが、富多では、広大な耕地を勇士、春日部にも近く、文化地域との交流が比較的頻繁に行われている。経済状態でいうと、上・中・下・生活保護と四つに分けた時に、「中」は倉尾では月収1万-1.5万円、富多では3.5万円―4.5万円であった。方法としては、役場に依頼して被調査者全部の名簿を作成し、入院中のものは当該病院で診察し、最後に現地に赴き、前もって障害者の有無を知り尽くしたうえで、戸別訪問によりできる限り各個人に面接して正確を期した、とある。
血族結婚について。配偶者の生家所在地がどこにあるかだが、Kでは82%が同じ村におり、Tでは53%になる。血族結婚は、Kでは453の結婚のうち61組(13.46%)、Tでは471組のうち27組(5.73%)であった。いとこ婚を計算すると、全国の推計では4.0-4.8%であったのにたいし、Kで7.72%、Tでは4.25%であり、Kはやはり高いが、これまで精神病一斉調査が行われた土地でいうと、長崎県黒島、熊本県五家荘、兵庫県坊勢島、岐阜県徳山村などと較べると、遠く及ばない。予想よりも血族結婚の割合は低かったということになる。
精神障害者の違い。メジャーなものでいうと、分裂病がKが27人、人口比1.12%、Tが7人で0.28%であり、精神薄弱がKに10人に対しTに3人、神経症がKに4人に対しTに20人。分裂病について、Kでは、病者自らが一家の戸主として生計を支えているものが多い。戸主という地位には人為的な選択がある。Kでは、社会的に順応している寛解者が多い反面、その生産力の薄弱さから、過半数はかなり困窮している。他方、Tでは、病者を保護しながら悠々生計を立てているものが多い。Kにおいては分裂病者は、戸主として働いているものが多く、一応の社会的順応をみせていながら、なおかつ社会的に下積みの生活を免れないという、分裂病そのままの特性を如実に示す(ヒヤヒヤ)Kでは、入院治療したものが、Tよりも少なく、治療せずに寛解して労働可能となったものが多い。一方Tでは、よく治療されているにもかかわらず、社会に復帰したものが少ない(ヒヤヒヤ)。
神経症がTに多いのは、ローカルな疾患観念と関係がある。同地における「チアンマイ」という方言によって表現されている女性に見られる一群の症状群を分析してみると、これらは神経症であり、これが神経症の数の多さに貢献している(ヒヤヒヤ)文化度の高いTにおいては、女性意識の向上、安定した生活環境における嫁姑間の感情的・家権的対立が神経症の原因となっている。ゆえに、その罹患年齢層も、すでに嫁して年を経ているのに独立家憲(?)を得られない年代、若い嫁を迎えて親権を危うくされている更年期などに多い。(ヒヤヒヤ)
血族結婚と分裂病は、Kにおいては、影響を及ぼしていない。問題は淘汰である。Kにおける分裂病者の結婚挙子だが、病者において一般より高い(!) このことは、Kにおける分裂病者が表面的に一応社会に順応しており、その意味で淘汰を受けていない。そして、ここに、この地区の分裂病発現率の増加の要因がある。(ヒヤヒヤ)甑島における精神病一斉調査でも、分裂病が高率である原因として、同地の分裂病者が淘汰を受けていないこと、それと並行して、分裂病第家系群に寛解者が多いとのべている。(ヒヤヒヤ)生産力が低いKでは、地域的条件が直接的に影響して患者家庭を貧困に追い込み、寛解者が戸主となり生活力の弱さから最低の生活を続けているような事情である。(ヒヤヒヤ)