Beizer, Janet, Ventriloquized Bodies: Narratives of Hysteria in Nineteenth-Century France (Ithaca: Cornell University Press, 1993).
1990年代の医学史研究において、もっとも注目を集めた分野の一つはヒステリー研究であった。その中で、文学研究が持つ洗練された視点に、医学史の素材の緻密なリサーチを組み合わせて、高い研究の水準を示したのが本書である。
1990年代の医学史研究において、もっとも注目を集めた分野の一つはヒステリー研究であった。その中で、文学研究が持つ洗練された視点に、医学史の素材の緻密なリサーチを組み合わせて、高い研究の水準を示したのが本書である。
1980年代までのヒステリー論は、医学系の視点と、ナイーヴなフェミニズム系の視点の二つがあった。前者は、シャルコーたちが記したヒステリー患者の症状の構成に興味を持ち、それが真の病気の現れなのか暗示によるものだったのかに興味があった。後者は、ヒステリー患者の金切声や失神や痙攣などは、19世紀の家長制の社会において自由を奪われ抑圧された女性が、真の願望や抵抗を、通常の言葉によらずに表現しようとして、身体の異常な反応の形を取ったものであると考えていた。この枠組みでは、ヒステリー患者は、当時の体制の被害者たちが、病気の形で訴えていたフェミニズムの原型であると考えられていた。
バイザーは、この二つの考え方の双方から距離をとりながら、両者が接合される力学を描こうとする。彼のモデルでは、ヒステリー患者の身体は、医者たちによる ventriloquism なのである。この言葉は訳しにくいけれども、自分の声が他の人物や物から出ているようにみせる、腹話術のような芸のことである。19世紀末の男性の医師たちは、かつての社会システムと価値観が打ち壊されて、近代化と政治・社会の激動が急激に進行するありさまを前にして、強烈な不安を持っていた。しかし、彼らは、科学的に、事物に即して、ものを語らなければならないという近代医学の要請にも従わなければならなかった。世界が激動し、価値観の急激な変動が起きているという彼らの不安を、科学的に示してくれる具体的な何かが必要であった。その不安を語る役目を担わされた「腹話術人形」にあたるものが、ヒステリー患者の身体であった。彼女たちの異常な症状は、近代世界の混迷のトーテムであり、彼女たちの精神と身体は、医者たちが不安を書き込む場であった。
医者たちによる不安の書き込みを、もっとも雄弁に表すのが、ヒステリー患者の「ダーマトグラフ」である。ダーマトグラフというのは、私たちの世代にとっては、紙巻きの赤鉛筆のことだけれども、この場合のダーマトグラフというのは、ヒステリー患者の症状の一つで、皮膚が過敏になって、指で押すと、押された部分が内出血して、まるで文字が書けるかのようになる症状を言う。(理解が不正確かもしれないです。)このダーマトグラフは、シャルコーのヒステリー研究においては重要な症状の一つであり、医者たちは、ヒステリー患者の身体表面を指でなぞっては言葉を書き、その写真を撮影した。中には、「早発性痴呆」というマニャンの診断をダーマトグラフを利用して身体に描きこまれた患者もいる。(図像参照)
もちろん、ここにあるつながりの一つは、医学が女性の身体に刻印した刺青であり、ロンブローゾたちは犯罪者と売春婦の刺青を夢中になって研究していた。この主題は、カフカの『流刑地にて』で、身体に刻印される権力の象徴として用いられた。
このダーマトグラフへの着目は、颯爽としたカルスタ風の見事な曲芸と言ってしまえばそれまでだけれども、私には、ヒステリーという現象を的確にとらえたモデルの象徴のように思える。